BDPの紹介

05bdp-logo1501971年に独立したバングラデシュは、アジアで最貧国といわれ、人々は絶対的貧困にあえいでいました。当時、同国における識字率は、約30%であり、特に女子に対する教育は軽視されがちでした。農村など貧しい地域においては、女子は14~15歳で口減らしのために嫁がされ、それが世界一の人口密度かつ人口増加率の一因ともなっていました。 長い間、女医として地域医療に従事してきたDr.ミナ・マラカール女史は、保健、衛生教育その他すべての地域活動の根底に「基礎初等教育」がなければならないことを痛感し、「すべての子どもに読み書きを」を念頭に、1990年5月、ダッカ市南部ジュライン(スラム地域)において寺子屋運動を開始し、それを、「サンフラワー教育計画=Sunflower Education Project = S.E.P.」と名づけました。家庭が貧しく、中学校に進めない女子学生に奨学金を与え、先生となってもらい、小学校入学前の子どもを集めて「寺子屋幼稚園」を始めたのです。

なぜ、小学生から始めなかったのかというと、その地域の方々(農村でも同様ですが)は、子どもたちに教育を受けさせる必要が分からなかったからです。幼稚園の子どもたちに字を教え、算数を教えることによって「教育」の重要なことを父母に知ってもらうことがまず必要だったのです。

この運動は、みるみる拡大し、翌年にはダッカ郊外のガジプール県プーバイル地区、やがて、南部農村地帯のボリシャール県カティラ地区、北部農村のジャマルプール県ジャマルプール地区、ボクシガンジ地区、ネトロコナ県ネトロコナ地区にまで広がっていきました。
それから約10年を経過し、1999年6月、SEPは、政府からNGOとして正式の認可を受けました。この新たな出発にあたり名称を新たにSEPからBDP(Basic Development Partners)に変更しました。

B=Basic は教育をはじめ開発・発展の基礎となるものを求める
D=Development は初等教育を中心としつつ、
その周辺にある課題と取り組みつつ発展を考えてゆきたい
P=Partners はACEFとの関係は、援助する側、される側という関係ではなく、
共にPartner , Co-Worker(共働者)として共通の目標に
向かって共に働いているのであり、その関係は、
BDPと住民とのパートナーシップともなっています。